ASD児とコミュニケーションの苦手|発達心理学から紐解く
ASD(自閉スペクトラム症)のある方はその脳機能の特性によって、コミュニケーションや対人関係に困難が起こりやすいと言われています。
お友達とうまく関われない、どう接すればよいか分からない…と不安を感じている保護者の方も多くいらっしゃると思います。
お子さまを適切に導いていくためには、まず特性への理解を深め、原因を知ることがファーストステップです。

今回の記事では、ASDがある子どもにコミュニケーションの苦手が見られる原因を発達心理学の専門的な視点から解説します。
「心理学」と言われると少しとっつきにくい印象を抱きがちですが、分かりやすくかみ砕いて説明していきます。
ASDの特性によってコミュニケーションに困難が生じることをご存じの方もいると思いますが、より詳しく学ぶことで、お子さまへの理解が一層深まり、「なぜ、できないの?」という疑問へのヒントを得ることが出来ます。
目次
ASDの子どもはコミュニケーションが苦手?
ASDの診断基準(DSM-5)のひとつに「複数の状況において社会的コミュニケーション及び対人的相互反応における持続的な欠陥」があります。
簡単にいうと、人とうまく関われない、人の気持ちがわからない、空気が読めない、会話が苦手など、コミュニケーションや対人関係に苦手があるということです。

ASDの特性があるお子さまには、以下のようなコミュニケーションにおける困難がみられることが多くあります。
● 話が噛み合わない
● 一方的に話し続ける
● 相手の気持ちが分からない
● 場の空気が読めない
● 場面にあった言動がとれない
● 他者とうまく関われない

ASDのある子どもに、コミュニケーションの苦手が生じやすい原因について、代表的な2つの仮説「社会脳の特異性」と「心の理論仮説」に基づき専門的に解説していきます。
社会脳の特異性とは
社会脳とは、人間関係を築き、他者とのコミュニケーションをとるための脳の機能です。
特異性とは、他と異なる特別な性質や働きをもっていることです。
ASDがある方は、この社会的行動の基盤となる社会脳の機能に特性があり、それによって人と関わる中で必要となる「社会的な情報処理」に困難が生じることがあります。
● 前頭前野:他者の考え方や感情の推測、場面や状況の判断、行動の抑制
● 側頭葉:表情や視線の読み取り、耳から入ってくる言語の理解
● 扁桃体:自分の感情の認識・処理

ASDがある場合、これらの脳の部位が、独特な動きをしたり、うまく機能しなかったりするために、コミュニケーションや対人関係の困難が起こると言われています。
社会脳の特異性によるコミュニケーションの特徴
社会脳の特異性によってASDのある方は独特なコミュニケーションをとることがあります。
具体的な特徴の例を紹介します。
● 視線を合わせない、不自然なほど凝視する
● 相手の表情を読み取れない、ジェスチャーが分からない
● 意図せず相手を傷つけたり不快にさせたりする発言をする
● 冗談や皮肉、比喩が分からない
● 一方的に会話をし続ける、会話に割り込む
● 喜怒哀楽が表情に出づらい(無表情・笑わない)
● 感情のコントロールができない

心の理論とは
イギリスの発達心理学者であるサイモン・バロン・コーエンが提唱する仮説で、ASDがある方の行動原理を、「心の理論(Theory of Mind)」という「他者理解の能力」の障害とする考え方です。
心の理論の役割は?
心の理論とは、他者の相手の心の状態を理解し、他者の行動を予測したり説明したりするための能力です。心の状態とは、感情・欲求・意図・知識・信念(価値判断の基準)など、内面にある目に見えない精神的な状態を指します。
簡単に言うと相手の立場になって考える能力のことで、コミュニケーションや他者との関わりなど、社会性の発達において重要な役割を持ちます。
心理学における「信念」は「価値判断の基準」のような意味です。例えば、自分が「電車が大好き」だとしても他者は「電車が好きとは限らない」のですが、ASDがある場合には、他者の価値観(=信念)が異なるということを理解しづらくなります。「全員が電車を好きなわけではない」や「私は電車が嫌い」と明確に言われれば理解できますが、逆に言えばはっきりと言葉で伝えない限り「相手も電車が好きだろう」と判断してしまう傾向がみられます。
心の理論は4~5歳ごろには獲得ができる(他人と自分では違う考え・行動をすることがあると想像できる)とされていますが、ASDがあるお子さまの場合には、「他人と自分は違うだろう」という考え方を獲得するのが難しいことがあります。
お友達と関わり方を注意するときに、「○○ちゃんがかわいそうでしょう!」「そんなことされたら○○くんは嫌でしょう」など相手の立場になって考えるように促すことがありますが、相手の心の状態を想像するのが苦手なASDのお子さまにとっては理解しづらいことがあるのです。

誤信念課題「サリーとアンの課題」とは?
誤信念課題とは、心の理論の発達を測るために用いられるテストです。
誤信念とは、現実とは異なることを「正しい・本当だ」と思い込んでいる状態を指します。誤信念課題は、他者が誤信念を持っていることを理解し、その誤った信念に基づいて行動することを予測できるかを評価するものです。
サリーとアンの課題(サリー・アン問題)は、誤信念課題の中でもとくに有名なテストのひとつです。ASDのお子さまは正解しづらい傾向があり、ASDと他者視点の持ちづらさの関係性を裏付ける実験の一つと言われています。
今回は「サリーとアンの課題」を分かりやすく解説していきます。
サリーとアンの課題
①サリーとアンは、それぞれ自分の箱を持っています。

②サリーはビー玉を自分の箱にしまいました。

③サリーは遊びに外にいきました。

④アンはビー玉を自分の箱にしまいました。

⑤サリーが部屋に帰ってきました。サリーはどちらの箱を探すでしょうか?

正解は「サリーの箱」ですが、心の理論が獲得できていない場合には「アンの箱」と答えます。
心の理論が獲得できている場合には、以下の推理によって「サリーの箱」と答えることができます。
- サリーは「アンがビー玉をアンの箱にしまった」ことを知らない
- サリーは、自分がしまった自分の箱の中を探す
サリーが、誤信念(事実とは異なる思い込み=自分の箱の中に入っている)を持っていること、それに基づいた行動(自分の箱の中を探す)をとると予測できているということです。
心の理論が獲得できていない場合には、この推論ができません。
相手の心の状態を理解することがまだできておらず、「自分が正しいと思っていること(アンがビー玉をアンの箱にいれた)」は「(サリーを含めた)他者も正しいと思うはず」と捉えてしまうのです。
「サリーとアンの課題」は、通常4~5歳ごろ(知的な遅れがある場合には発達年齢が4~5歳相当になった段階)にクリアできると言われています。
ASDがあると心の理論を獲得できないのか?
ASDの子どもは心の理論を直感的に理解することは難しいものの、論理的思考能力の向上によって理解ができるようになります。
「サリーとアンの課題」を用いて、非ASD(ASDの特性がない)とASDのお子さまの心の理論の発達段階の流れを説明します。
年齢は目安で、発達段階などによって前後することがあります。
第1段階(~4・5歳):不正解(心の理論が獲得できてない)
第2段階(4・5~9・10歳):正解するが理由は分からない(直感的心理化)
第3段階(9・10歳以上):正解し理由も説明できる(命題的心理化:サリーはアンが箱に入れたのを見てないから)
非ASDの子ども場合には、感覚的に他者の考えを理解することができるため、論理的な思考が身につく前に正解することがあります。
第1段階(~4・5歳):不正解
第2段階(4・5~9・10歳):「直感的心理化」の時期がない
第3段階(9・10歳以上):正解し理由も説明できる
ASDの子どもの場合には、論理的思考能力が身につく9・10歳ごろになってから正解できるようになります。
直感的には理解できなくても、事実をもとに論理的に考えて答えを導くことはできるということです。
適切なコミュニケーションの取り方や人との関わり方を自然と身につけることが難しかったとしても、お子さまの特性をふまえながら「正しい考え方」を教えていくことで、社会性を育むことができるでしょう。
発達に課題のあるお子さまを専門的にサポートする「療育」を受けてみるのもおすすめです。詳しくは療育とは?受けるべきか悩んでいる保護者の方へをご覧ください。
関連動画
@decobocobase あなたはどっちを選びましたか?🍀#デコボコベース #福祉 #障害福祉 #発達障害 ♬ オリジナル楽曲 – デコボコベース
マンガで紹介!ASDの子どものコミュニケーション事例
ASDによる「社会脳の特異性」や「心の理論の未発達」がある場合に見られるコミュニケーションの具体例をマンガで紹介しながら、原因と対応ポイントについて解説していきます。
必ずしも、事例に当てはまるからといってASDがある(当てはまらないからASDがない)ということではありませんが、実際にASDのお子さまに多く見られるケースです。
相手の視点に立った発言ができない
相手を傷つける発言をしてしまうことがあります。


他者の気持ちを想像することが難しく、身体的な特徴を示す言葉が「人を傷つける」ということを直感的に判断できません。「相手の気持ちを考えなさい」などヒントを与える伝え方だと理解しづらいため、「相手が悲しい気持ちになるので、言ってはいけない」など明確な理由を伝える必要があります。
なぜ言ってはいけないのかを理由を明確に伝えることが必要です。
● 言われた相手の気持ちを具体的に教える(悲しい・傷つく)
● 事実であったとしても、不適切な表現(人に言ってはいけない言葉)がある
● 不適切な表現を使うことは社会のルールに反している
また、どのような表現が「不適切」なのかが分からないことがあるため、できるだけ具体的に「身体的な特徴を指す言葉」などと教えることがポイントです。
冗談が通じない
冗談や比喩表現が理解できないことがあります。


言葉を文字通りに受け取ること、相手の意図や文脈の理解が苦手なことで「冗談」や「比喩表現」の理解ができないケースがあります。「笑いながら言っている=本気ではない」という相手の表情を読めず、冗談かどうかを判断することができないこともあります。
まず、冗談の意図が「本気ではなく、相手を笑わせたり楽しませたりするときに使われる表現」であることから教えていきましょう。 相手が「なぜ冗談を言ったのか」を説明していくことで、理解を促しやすくなります。 一方で、特性によって「冗談か否か」を判断することが難しいことが多いため、冗談の言い方(笑いながら話す、ふさげた口調)を教えていくのもよいでしょう。
相手の言葉の意図が分からない
遠回しな表現が理解できないことがあります。


「婉曲表現(相手を不快にさせないように直接的な表現を避けて、遠回しに伝える)」が通じないことがあります。相手の言葉の意図を汲むことが苦手で、文字通りに受け取るため、会話のズレが生じています。
間接的な表現は避け、直接的な表現で「やってほしいこと」を伝えるようにしましょう。 ASDの特性があるお子さまで他者視点が低い場合には、「身だしなみを整える・清潔さを保つ」必要性が理解できないケースがあります。詳しくは「身だしなみ」が苦手な発達障害の子どもへのサポート方法は?のコラムをご覧ください。
子どもは絶対成長する
子どものコミュニケーションスキルは、集団生活の中で自然と育まれていくと考えている方は少なくありませんが、ASDがある場合にはそうはいきません。
「なぜできないの?」と悩んだり、「特性だから仕方ない」と諦めたりする保護者の方もいらっしゃいますが、適切なサポートによって「できる」ことを増やし、成長を目指すことはできます。
一人ひとり発達のスピードや伸びる部分は違ったとしても、子どもはみんな成長します。
将来の「社会的な自立」を目指すためには、コミュニケーションや対人関係のスキルを身につけることは非常に重要です。
「児童発達支援 ハッピーテラスキッズ」「放課後等デイサービス ハッピーテラス」では、発達心理学の専門的な視点から、お子さま一人ひとりの特性や課題を見極め、 “今”一番必要な療育を提供しています。
お子さまの発達に悩んでいる方は、ぜひ一度ご相談ください。






